セカンドホームタウンプロジェクトのきっかけの1つ

セカンドホームタウンプロジェクト裏話
JOU日記より
http://odorujou.blog100.fc2.com/blog-entry-2076.html

2011年3月11日の震災後、私は、助けを必要とする方々と、日常からつながっていなかったことに気がつきました。
被災地に家族や親戚、友人がいたのなら、直接連絡を取り合って、本当に必要なものを直接届けることができたでしょう。
避難が必要であれば、呼び寄せることもできたでしょう。しかし、日常生活の中でつながっていなければ、非常時に助け合うことができない。今からでは遅いかもしれないけど、何もやらないよりは、やったほうがいい。そこで、まず、「友だち100人プロジェクト」として、これまでよりもっと意識をして、回り始めました。全国全世界に、友だち100人作ろう~家族のようにお節介を焼け合える友だち、いざという時に助け合える友だちをまず作ろう、と思ったのです。

「被災地支援のチャリティコンサート」はせずに、「未来のためのつながり」を提案し、実践し始めました。

幸い、私自身、「家族のように思える大切な人達」と長い年月をかけて、ゆるりと培って来た経験があります。
「ただいま」と訊ねていける場所。
「おかえり」と迎えてくれる人々。
家族のように心配したり喜んだりできる関係。

被災地の人達の悩みとして、「自分達だけ故郷を離れるわけにはいかない」
という声も聞きました。

「じゃあ、もし、故郷と呼べる親密で特別な関係が、日常から複数あったら? もっとお互い縛り合うことなく、臨機応変に動けるのではないだろうか?」

夢の様な理想論かも知れませんが、でも、全く不可能ではないと思うのです。

私達が始めた「友だち100人プロジェクト」は友だちを作ろう=家族のように思える人とのつながり
でもありました。

こうして、少しずつ、私達の中に「セカンドホームタウン」プロジェクトが浮き上がって来たのです。

「鹿児島に拠点を移そう」という発想の中では、自分達だけの問題で終わらせるつもりは最初からなく、
「友だちを呼び、気兼ねなく滞在してもらえる場所を作ろう」という気持ちもあり、「友だち」とは「家族の様に大切に思える人達」であり、「家族が気兼ねなく集まれる場所」とはすなわち、「ホーム」でありホームがある場所とはすなわち、「ホームタウン」であるのです。というように、これまでの様々な出会いや意識が、次々とつながっていきました。

震災後に「自分に何ができるだろう」と寄付をする方が増えたという話がありますが、皆さんそれぞれが「act for japan」を模索し、実行されておられるのだと思います。
「セカンドホームタウン」プロジェクトは、私達にとっての「act for japan」であり、祖母のいた土地への恩返し=自分のもつ見えない財産の還元、でもあり、出会いの楽しさを味わいながら、劇場という枠を越えた私達のアートプロジェクトであり、町の皆さんとライフワークで行なう壮大なクリエイションでもあるのです。

自分自身、ダンスという活動を通して「身体が変われば、世界が変わる」という小さな実感を、日々、積み重ねているささやかで誠実な日常の活動の根底に、そうした大きなビジョンがあり、そこに向かうために実行する沢山のプロジェクトがあることで、毎日、充実した出会いが溢れて来ています。






[PR]
by osumiart | 2012-07-01 01:09 | セカンドホームタウンhometown
<< JOU 鹿児島トーク & ミニ... JOU鹿児島トーク@セッション... >>