肝付町波見 棒踊り 鎌踊り

毎年、3月に行なわれる棒・鎌踊り。
2012年は3/25(日)でした。
本来は、男踊りとして継承されていましたが、
近年では、女子学童も参加し、集落単位で、伝承されています。
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小学校2-3年、9才頃が踊り初めで、初めて踊る舞い手には、
お花代としてお祝儀を送り、代わりに、家に集落の人々を招いて
宴会をする習わしがあったようですが、
現在では、家での宴会は、省略される場合もあるようです。
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3集落がそれぞれの踊りと衣装でまず、権現山の麓にある住吉神社で奉納し、
山の麓の集落を順番に回ります。
神社と海と橋(川)に奉納する他、
家の庭先や商家の店先で奉納する様は、
お正月の獅子舞を思い出しました。
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集落で用意した軽トラックで、水分補給タイム

奉納された家では、お酒やお菓子、お花代(お祝儀)などを用意して
3集落の奉納をもてなしていました。

舞いとしての所作は、洗練された剣術の動きであり、
奉納という名の下に、集落単位で行なわれた
兵力維持のための訓練、という隠れ目的もあったのではないか、
と思われます。

最初に3集落がそれぞれ回った 武家屋敷の多い集落への
忠誠心と日頃の精進をお披露目する場、
と考えると、お披露目に対しての評価が
お酒やお花代であったかもしれない
という仮説は立ちます。

薩摩人の手強さは、江戸時代にも名高かったといわれていますが、
こういう風習の中にも、その一端を垣間見ることができます。

もう少し詳しく、調べていきたいと思っています。

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歌詞

以下、肝付町 波見(はみ)より抜粋
http://kimotsuki-town.jp/4572.htm

これらの伝統行事は旧暦の2月に年穀の豊穣を祈願する祭りとして行われていました。

 高山地区は豪族・肝付氏の城下として繁栄し、農耕の中心として栄えたのでこれらの行事がいまなお残っていると思われます。これらの行事が終わると田植えが始まり、肝付町に春がやってきます。

 多くの集落で行われてきた伝統行事ですが、踊り手の減少により存続ができなくなり、現在では波見・野崎の2つの地区で踊られるのみとなっています。

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夜の集会所での練習風景〜1週間毎日練習します

撮影:松本充明 / JOU

ドキュメント映像はこちらで限定公開中
http://youtu.be/61iaiKWqH4k


by osumiart | 2012-03-25 13:46 | 踊りのある祭り traditional
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